のりよし 中編  御殿山のビルの調査に向かう前に、私はある人物に接触をした。これから向かう場所は、いわばダーニーのホームである。なにがあるかわからない。マチにも気をつけるように言われたため、用心に越したことはないと昔の仕事パチンコのつてを使ってスナイパーを雇うことにしたのだ。 吉祥寺のスラム街、ハモニカ横丁でその男は待っていた。 「貴方が噂のスナイパーですか。」 「私はただのスナイパーではない…、スナイパー…、カスタムだ。名はムドーという。」 ムドー・スナイパー・カスタム。男はそう名乗った。右手の平をこちらに向けて、親指と人差し指の間と中指と薬指の間を開けていた。そんな異星人風の挨拶をしていることや、男の醸し出す雰囲気を前に、私は気を落ち着けることはできなかった。仕事柄こういった裏の人間と関わる機会は多くあるのだが、その男から感じ取れる危険度はこれまで接触した人物の中でも別格のものであった。私は恐る恐る仕事内容の説明を初めた。 「これからダーニーという人物に合う可能性があります。奴はとても危険です。奴が危険行動をとった場合、私が合図を出しますので、仕事をお願いします。」 「…。場所はどこだ…?」 「御殿山の雑居ビル、地図で言うと、ここですね。」 私はスマホの地図アプリを起動し、その場所を指し示した。 「…なるほど、承知した。ポイントに移動し、発声練習をして待つ…。」 発声練習とはなんだろうかとは思ったが、腕は確かなスナイパーだ。信用していいだろう。しかもただのスナイパーではない。スナイパー・カスタムだ。私は具体的な合図や報酬の話をしてからムドーと別れ、ダーニーが目撃されたという御殿山の雑居ビルへと向かった。 ---  吉祥寺。住みたい町ランキングでナンバー1であることで有名な町だ。まぁランキング次第で1位だったり2位だったりするのだが。しかし、 「これは・・酷いな・・。」 吉祥寺駅からハモニカ横丁とは反対側の出口から徒歩1分、ダーニーの目撃情報があるという雑居ビルの調査をするために御殿山まで来たのだが、私の目に入った御殿山は荒れ果てていた。道はひび割れ、建物のガラスが割れ、意味があるようで無い落書きだらけ。そして遠くから「アメンボ赤いなア・イ・ウ・エ・オ」と叫ぶ声が聞こえる。私の記憶ではもっと綺麗な場所だったが、ここ数年で何かが起きたらしい。ダーニーが関係しているのだろうと私は思った。 「K社があったのはこのビルの3階だったかな。」 ビルの3階のフロアへ入るドアの鍵は開いていた。慎重にドアを開けると、中に人影が見えた。 「Hi、のりよし。いや、今はチャンと名乗っているんだったかな?」 聞き覚えのある低音ボイス、ダーニーだ。 「ダーニー、お前は勘違いをしているようだが、張という名はK社にいた頃から名乗っていた。流行らなかっただけだ。」 そう、流行らなかったのだ。K社では社長だけが使ってくれた。いや、そんな雑談をしている場合ではないだろう、私はさっそく本題をぶつけた。 「そんなことよりダーニー、お前は『のりよし』を増やして、いったい何が目的なんだ?」 「K社は、優秀な消防士プログラマーを欲している。」 ダーニーは表情筋をまったく使わずにそう言った。 「なん・・だと・・?」 「のりよし、君も知っているとおり、K社の関わるプロジェクトは全て炎上する。そうなると必要になるのは何だと思う?そうだ、消防士が必要になる。優秀な消防士がな。」 ダーニーはここで初めて表情筋を使った。不敵な笑みだった。 「のりよし、君が辞めた後、K社は大変なことになった。1番優秀だった消防士が辞めたのだから当然だ。炎上プロジェクトの炎上はとどまることを知らず、当時のリソースだけでは消火することなんて不可能だった。その時だったよ。K社の研究員であるウィシジマさんが、のりよしの体毛から精製したDNAから、のりよし細胞と呼ばれるものを作ることに成功したのだ。のりよし細胞を人の体、それも赤子に移植することにより、赤子は30歳前後まで急速に成長する。そして成長した者は、のりよし並の消防士としての能力を持っていたのだ。そうしてのりよしクローンとして生まれかわった人たちを並列化し、マルチのりよしプログラミングが可能になったのだ。」 笑みを浮かべながら話すダーニーに対して、私はその非人道的な行いにただただ怒りが湧き上がっていた。この男は自分の行っていることがわかっているのだろうか?つい私は声を荒げてしまった。 「なんてことを・・!。お前は、K社は人間を何だと思っているんだ!!」 「全ては炎上を防ぐためだよ。のりよし、それ自体は君もやっていることだろう?」 「私の消化活動とそのような非道な行いを一緒するな!」 「非道かどうか、ここで議論をする必要はない。さて、私がこのあたりに出没したという情報を掴んだようだが、それは私がヤッスに頼んでわざと流してもらった情報だ。」 「その情報は罠だったと?」 どうやら、マチの言う「嫌な予感」というのは、的中してしまったらしい。 「正解だ。のりよしオリジナルである君をここにおびき寄せたのは理由があってね。実はのりよし細胞の在庫が少なくなっている。その細胞、分けてもらいたいと思っている。」 ダーニーは懐から銃を取り出し、私に向け言った。 「おとなしくしてもらえれば命まではとらんさ。いや、むしろ死なれたら困るからな、急所は外すようにしよう。」 「私を撃つのか、ダーニー・・。」 銃口を向けられては仕方がない。私はダーニーに気づかれないよう、どこかで待機しているであろうスナイパーに合図した。次の瞬間にはスナイパーの狙撃によってダーニーは倒れているだろう。しかもただのスナイパーではない。スナイパー・カスタムによる狙撃なのだから。 「なん…だと…」 そう言ったのは私のほう・・・・だった。床に目を向ければ人の腕が落ちていた。誰の腕か理解するのに少しだけ時間がかかった。私の腕が落ちていたのだ。 「つっ!!!」 そう、スナイパーが撃ったのは私の腕だったのだ。なぜスナイパーが私を撃ったのか、誤射なのだろうか。状況を冷静に分析するうちにも、徐々に痛みは遠慮無く押し寄せてきた。そんな私の疑問と苦痛に答えるように、ダーニーはゆっくりと口を開いた。どこか楽しんでいるようでもあった。 「のりよし、君はアインシュタインの電話番号を使っただろう?」 アインシュタインの電話番号、私はその言葉に身に覚えがあった。ありすぎた。「俺の電話番号はアインシュタインの電話番号なんだぜ」と、知人は中二病気味に口癖のように言っていた。私をのりよし捜査本部にねじ込んだのも、ムドー・スナイパー・カスタムを紹介してくれたのもその知人である。1日中バランスボールの上で過ごしているというバランスの良い生活をしているのだが、名古屋ヴァナ・ディールから絶対に出ることはないため名古屋が世界のすべてだと思っているフシがあるのが玉にキズである。 「まさか…、ruedaqは最初から…。」 「そうだ、こちら側の人間なのだよ!ruedaqもヤッスもムドーも!あぁ、そうそう、それと安心してくれ、この銃は麻酔銃だ。死ぬことはない。」 ダーニーが、彼の持っている銃の引き金を引くのが見えた。 (すまない・・、マチ・・・) そこで私の意識は途絶えた。 つづく - - - [のりよし Advent Calendar 2018 3日目より](https://adventar.org/calendars/3412)